はじめて月を見た夜
朝からガスガスで、こりゃ気をつけないと迷うな・・・と思っていたら
案の定、最近設定したばかりの試験地からの帰りで迷った。
(↑土が凍ったり解けたりすることでできる"non-sorted circle"という微地形(緑じゃない部分)。
北極や南極のツンドラと呼ばれるような場所でよく目にするもので、一度, 円状に裸地になっちゃうと
そこに植物はなかなか侵入できない)
現在地をロストするのも久しぶりだなー♪なんて、のんきに考えながら
10万分1の粗い地図を頼りにこコンパスを頼りに、とりあえず北東へ進んでいた時。
ふと、音がして顔を上げてみると、もやの中に、黒いシルエットが沢山浮かぶ。
Reindeer, いわゆるトナカイの群れだ。
こちらが気づいてカメラを向けるのと同時に、向こうは顔を背けて、
ブヒッ、だとか、ブルルルッとそれぞれに音を立て、もやの中に消えていった。
姿が消えた後も、岩の露出した地面を歩く、カッツカッツカッツという蹄の音だけが
遠近感を失ったように無機質に響いていた。
また突然現れはしないかと少し興奮しながらしばらくフラフラしていると、
目印になる崖をみつけることができた。何とか帰れそうだ。
少し経つと、ガスも大分晴れてきて、また別の群れを眼下に見つける。
この調査地にくるのは何度目かだけど、一度にこんなに沢山のReindeerに会ったことはない。
霧で、周りから姿を隠しやすいから、安全だと思って沢山出てきたのだろうか。
群れの中に一匹、毛が真っ白なのが混ざっていた。
単なる毛の生え変わりの時期なのか、何かの突然変異か、それとも病気か何かなのか。
比較的平らな石に腰を下ろして、友人であるモトキチからもらったテルモスのコーヒーを飲み、
しばらく、その群れの行く先を眺めていた。
視界はあるけど霧雨の降るという中、研究所に帰って、シャワーを浴びる。
この日の夕飯はScottの論文受理祝いParty(本人主催)。
さっき見ていたReindeerの肉をスーパーで購入し、
サーミ人の友人に習ったという方法で煮たものと、ジャガイモと、サラダ。
『小さなペーパーでも、一本は一本さ』 というので
『だよねー。 で、何処に通ったの?』
と聞いてみると『Ecology』とのこと・・・。
はいはい。どこが小さいんですか?いつかそんな言葉を言ってみたいもんです。
ワインもしこたま飲んでいい気分になったあたりで、おいとま。
帰り道、ふと振り返ってみると、雨の後で澄んだ空に月がいた。
一瞬、
『あれ?うーんと……つき!だよね?』
と、すこしかけた丸い光が何なのか、うまく頭に入ってこなかった。
まるで、とても仲がよかったんだけど、いざ会ってみると中々名前が出てこない中学の時の友達や
特徴的な形の南国のフルーツを、突然目の前にしたときのような感覚。
気づけば、研究所へつづく小さな道に設置された街灯にも灯がともっていて、
空もきちんと夕方っぽい色になっている。
それがこの夏、初めて月を見た日のこと
季節が着実に、でも確実にやってくる冬に向かって流れているな、と思った夜
そして7月もおしまい。