万年スギと山わさび

天塩研究林でいただいてきたもの。

1。山わさび 焼肉と一緒に食べてもよし。そのままご飯の上に乗せてしょうゆをかけて 食べてもよし。今回は天塩の帰りに購入した音威子府そば“通称 ネプソバ”の供に。
 たーっぷりつゆにいれておめしあがり。美味。

nepu

2。マンネンスギ

後輩の調査を手伝っていた時にアカエゾマツの周りでみかけてかわいかったので拝借。
見た目はスギににている、少なくとも木だろ!!とおもうが実はシダ植物。根っこのような地下茎はほんと立派。あんましでかくなんなくて、でもモワモワしてるのがマジめんこい。ちなみにものの本には…
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マンネンスギ (Lycopodium obscurum)

ヒカゲノカズラ科に属するシダ植物。穂のように見えるものは胞子嚢穂(ほうしのうすい)といい,胞子嚢(胞子の入った袋)をつけた葉(胞子葉)の集まり。ヒカゲノカズラの仲間は石炭紀(3億7千万年〜2億9千万年前)に栄え,リンボク(鱗木)という植物は高さ10メートルに達し大森林を形成していた。
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とのこと。現在は、研究室の窓辺で、なんだかひん曲がったまま太陽を浴びております。
命名“かめ男”。万年生きしてそうだし。

tsuru

今日(正確には昨日の夜)は天塩で取ってきたウドのあまり(細い茎)をみじん切りにして、ご飯、しょうゆ、酒え、みりん、少しのごま油と一緒に炊いて“ウドご飯”をお弁当にした。香りよし。無理やり食わせた後輩たちにもなかなか好評だった。

天塩のめぐみシリーズでした。でもそろそろおわりかなー。

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利尻も見える天塩研究林。

今週はずーっと天塩研究林で調査。天気もよくて、利尻も見えた。
虫さえいなければ快適な調査だった。毎日お弁当をつくって山へ行き、笹薮の中をあっちへこっちへしながらプロットを4つ設置、毎木調査まで完了。林分はシラカンバ、カラマツ、ヤチダモの混交林でロシアで調査している場所に比較的にている。ただしササが沢山。天塩研究林は北海道開拓時に沢山火入れが行われていた場所でもあり、いうなればほとんどが山火事跡地である。

今はちょうどウドの時期。相変わらずの山菜のうまさよ。
うどにくわえ、山わさび、ギョウジャニンニク、ゆきざさ、そして極太のササの子。
ササの子はこれまでてんぷらやらで食べてきたがシンプルにレンジでちんするだけでホクホクのが食べれる。研究林の技官さんが教えてくれた。こういうのも調査で山に入る楽しみ。

次は再来週。今度は立木の位置図を落としにいきます。気合はいってきたどー。
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天塩2nd

今週は、今日から24日まで道北の天塩研究林へ。
天気もよさそうだし、調査もはかどってくれという感じです。

今回やること。
・プロットの設置
・毎木調査+立木の位置落とし
・できれば土壌の予備調査
・もろもろの打ち合わせ

それでは行ってまいります。
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My Little Lover ライブ

今日は朝から実験に使う炭を作っていた。15分おきにやらなければならないことがありそれが7時間ぶっ通しだった。しかし明日の朝の窯だしが楽しみ。ちゃんと炭になっていてくれるだろうか。材料はカラマツ君。

話はかわって昨晩は大好きなアーティストのMy Little Loverのライブにいってきた。中学生のころに発売されたデビュー曲の"Man & Womanを聞いていらい、思えばずーっとそばにあったMy Little Loverの曲たち。はじめて札幌でライブをやるというので、母にも手伝ってもらってチケットを購入してもらった。

今回のライブツアーは、Acoustic "Akko"という名前がついていることからもわかるように、全ての曲がAcousticバージョンにされていて、Jazzyな、Bossaな感じの雰囲気につつまれるいい感じのライブだった。

いつもステレオやヘッドフォンからながれる言葉であっただけの歌が、その歌をつむぎだした人が目の前で歌う。言葉のひとつひとつがとても身近に感じることができて、よりしっかり、輪郭をもって自分に届いてくる。ある表情で、あるしぐさで、つむがれる言葉たち。4mくらいの近さでうたうAkkoにすいこまれた。

これまでいくつもの感情を僕に抱かせたマイラバの歌たち。思えばいろんな場面で、マイラバの歌があった。中学校の卒業式でうたった“Hello Again”。高校の時に片思いだったひとを思い出させる“Free”や“Naked”。山に登ったあと、部活の先輩と帯広のコンビニで立ち読みしながら夜を明かした街でつい口ずさんだ“Now and then”。マダガスカルのイサル国立公園で、一人テーブルマウンテンをトレッキングしていたときふと脇にあった大きな岩の上で昼ねをしながら歌った“evergreen”。論文を書いていて、何かに負けそうになったときにリピートさせて聞いていた“Survival”。それらの言葉は、それぞれのタイミングでいろいろなことを話しかけてきたが、いつもすこし、誰もがもつ寂しさに寄り添うような歌に感じていたように思う。その中から僕は、最近は池澤夏樹の本でも感じる『世界のすきま』のようなものを知らず知らず感じ取っていたと思う。その世界観というか。でも、昨日、目の前でAkkoが歌っているのを聞いて、僕がすきまだと感じていたのは、それぞれの人が持つ、独自のバランス感覚というものであるように思えた。いや、きっとそうなのだと思う。誰もが持つ寂しさが思い出させるもの、気づかなければ見ることのないものというイメージから、僕は勝手に“すきま”と思い込んでしまっていたが、目の前で歌っている人は決してすきまをみている目ではなく、自分なりのスタンスで世界とバランスをとって生きている人に見えた。

ずーっと持っていた個人的な世界観への疑問に、また一つ答えが出た気がした。

Acousticなムードに、ゆらゆらゆれながらの至福の時間。

Akkoさんの歌声はさることながら、一緒に演奏していた、シンセの森さん、ギターの古川さんもすっごくかっこよかった。三人って言う“ちいさな単位”だったから、なんだかまたいい雰囲気が出ていたんだと思う。

また一層、自分の中に入ってきたマイラバ。これからもずっと、くり返し聞いていくのだろう。

また何処かで、なにかをみながら、口ずさむのだろう。

“そして 僕はうまれゆく 時の中で さびしさの仕草など 忘れてしまうのだろう
風を切るような スピードのなかで”

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昼やすみの植物園

研究室の連中とそとで昼飯を食べたあと、ひとり自転車こいで植物園にいってきた。
早めに食べ終わったので1時にもまだ時間があるし、何より今日は天気がよい。

のんびり芝生で昼ねでもするつもりだったが、入り口をはいってすぐ目に入った『北方民族資料館』の看板。植物園にこんな場所があったなんて!ちょっと覗いてみる。規模は静内のものと同じかさらに小さいくらいのであったが、さすが植物園、展示されている装飾品にはそれぞれ材料となる植物名が書かれている。例えば、イヌエンジュは魔よけ用につかわれていたとか。そういえば以前古本屋で求めた、『コタン生物記』にもそうかかれていた気がする。

今日の収穫
・『イヨマンテ(熊おくり)』をする際のイナウには、いろいろ種類がある。目的別か、イナウ自体の種類で用途は同じなのかは定かではないが。

・カラフトアイヌの頭巾は、ハバロフスク周辺に住むウデへ人の昔ばなしの絵本にでてくるものにそっくり。そこから北海道アイヌにくると、突然色使いが変わる気がした。

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小さな博物館は、昼休みを利用してちょくちょく来てしまうかも。でも今回はじっくり見ていては本来の目的である昼ねができないのでさっとみて後にした。

外へ出ればハクサンシャクナゲが満開。キタコブシも大きな花を力強く広げている。
針葉樹の間を散歩して、実験材料としても使っているグイマツの大木(僕が使っているのは2cmくらいの芽生えだけど)のしたで昼ね。

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蟻が何匹か僕に登ってきて動いてるのがわかる。2匹のカラスが、ばさっという音を立てて勢いよく僕の上を通過し、芝生の匂いにむせかえりながらぼーっとする。
ぼーっとしているとふいに少し昔を思い出し、すこし寂しさを確認し、そしてまたちいさな覚悟をして、ふーっと一息いれてからおきだして出口へむかう。

出口に向かう途中の小道では、エゾヤマザクラの花びらがしきつめられていた。上をみれば残されたのは数枚の花びら、その脇に鮮やかではない、未だ赤みがかかった葉がついている。あざやかな新緑の時期にはまだ少し時間がある。

レバーを押してゲートをでて、自転車にまたがりまた時間の流れにもどる。


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情熱大陸−二宮和也

前回の情熱大陸は『嵐』のメンバー二宮和也だった。

彼は、硫黄島からの手紙でいい演技をしているなーとか少し気になっていた程度だったが、情熱大陸を見ていて、おもしろいなーと思った。

うまくはかけないけど、自分のスタイルをもっている人。それで仕事ができる人。
そして、結果を出す人。

重要な打ち合わせ中にはゲームをして、話しを真剣に聞いていないようにも見えるが実はちゃんと聞いている。そして、まわりとの呼吸も合わせてしまう。
別にがんばっているという姿は見せていない。でも隠れて努力している。

『本気ですから』

隠れて走り込みをしていることにかんするインタビューに対して、いいにくそうに答えたその一言は、シンプルだけどずっしりきた。

彼は、初のドーム公演の場では、

『僕にとって、ドーム公演は、夢のような、目標のような通過点です』

といっていた。そんな風に一つ一つ、手ごたえをもって、でも、とまってしまうような陳腐な想像力の外側で進んで行きたい。まだまだ先に行く。

つい、周りの目や誰かの評価を意識してしまう、そうして仕事をしている自分がいる。

もっとシンプルに。

自分と研究との間には、冷静に必要なものだけおくべきだ。

少なくとも、本気になるこれから3年間は、ただ思ったとおり進むのみ。
盲目ではなく、冷静に。





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天塩終了

天塩研究林から帰ってきた。
滞在中は、一緒にいった萌 and 磯がおもしろく、大分笑わせてもらった。

北大の地方研究林は、本当にサポート体制がすごく、今回も先生たちに加えたくさんの技官さんと、調査についてのDiscussionができてよかった。この雰囲気がすごく好きで、今年は住み込みで研究ができればと思っている。そもそも大学受験の際にも、森の、木の勉強がしたい→北大は演習林が最大→北大受けるべ という考えで北大受験をきめたので、初心に帰った感じでなんだかうれしい。

肝心の研究のほうとしては、今回はこれから3年間はお世話になる調査地の設定+もろもろの打ち合わせ。つまり『はじめの一歩』。予定していた内容が十分にできて満足。

いよいよ始まったという感じだ。

次回は2週間後。永久プロットを設定して、毎木調査。できれば樹冠投影図も描きたいなーと思っている。それまでにやることも沢山。

帰りは、快晴の中、日本海を眺めながら、わくわくしながら帰って来た。

teshio



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天塩研究林

7日〜9日まで、北大が持っている天塩研究林へいってきます。
実は、私、森林科学に入ってこのかた、自分の調査地として演習林を利用したことがありませんでした。大学受験の時には、『演習林が広いから』との理由で北大にしたというのに。
まったく何をやっていたんだか(ロシアにいたりしていたんんだが)。

だから、初心に戻った感じがしてうれしい。

しかし前半の2日が雨…。一緒に行く雨男のせいでしょう。

本来ならGWは晴れて、そのあと雨ってのはしてやったりと思うわけですが、今回はむしろこっちに晴れて欲しかった。後半の2日間とか完全に屋内系だったので、ちっ ってかんじです。

しかし調査シーズン!!!!
わくわく。さてさて、一年後にはいい仕事としてまとめてなければいけないわけですが。

でも、始まりはいいものです。
今回はこれから3年お世話になる調査地の場所決め+予備調査をしてくるつもりです。

一発目。行ってきます。


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北大博物館−北千島研究の系譜

大型連休の後半も、北海道はいい陽気にまぐまれ、室内での仕事をもんもんとさせた。
そんな中、ちょっと空いた時間を利用して、6日で終わってしまう、北大の博物館で開催されている特別展『北千島研究の系譜』に行ってきた。

系譜

北方四島+αしか千島列島に存在する島の正式名称を知らない僕にとっては、『そんなにあったのか!?』と思わせるほど大小たくさんの島が描かれいている地図にまずびっくり。昔かかれた地図も形の描写こそ適当であるが、でもきちんと知床からカムチャツカまで書かれていることにまた驚き。

島古地図

樽前山、富士山を思わせるようなコニーデ型の形状の山が連なる島弧。ウシシル島の写真には、カルデラ湖ならぬカルデラ海?のような地形があったり。シーカヤックを使って、このあたりの島々をアリューシャンまで渡った新谷暁生の旅の興奮を思う。海上を進んでいくと、富士山のような山がぬーっと出てくるときの高揚感はどのようなものであったのか。

matsuwa島

そのほか、宮部金吾、舘脇操などの千島列島調査の記録があったり。マニアックに驚いたのは、宮部金吾がハーバード大学で取得した学位論文のタイトルは『The flora of the Kurile islands (千島列島の植生)』というものであったこと。こいつは知らなかった。

個人的に興味を持っている、北海道から続く島々(カムチャツカ、アリューシャン、樺太)およびその先にある大陸における人類移動に関することに関しては、変な形のオホーツク式の土器が見れたこと、

土器

そして天野哲也氏が、千島への人類分散の理由およびその様式として、

『千島列島は活発な火山活動などによって人類の生存そのものが頻繁におびやかされ〜中略〜海産資源は豊富であるが、陸獣相は貧塞である。また植生も豊かではない。〜中略〜したがって、よほど特殊な条件のもとに〜略〜人類はここに進出し、そののち速やかに孤立化して行ったのであろう。その条件とは何であろうか?オホーツク文化に限って言えば、中期に道北からオホーツク海沿いに東進し、太平洋側に向かわずに千島列島を北上したその強い指向性をみると、海獣猟が主目的であった可能性が高い。高まりつつある公益の必要性に応えるためであったのかもしれない。もう一つ注目すべき点は、後期に起きた道北ないしサハリン地方からの動きである。かれらがこれらの地方からオホーツク海を横断して千島列島中部・北部に直行することは困難なので、やはり道東地方を経由したのであろう』と言う記載をされていたことがおもしろかった。文化人類学的には当然の知見なのかも知れないが、北海道周辺で盛んにあちこちへ移動が起こっていたことを想像する。樺太からということは、大陸からの移動も盛んに起こっていたであろうことでその経路として結構さかんに北海道が経由地として利用されていたことを想像する。

ふむ、おもしろかった。

北大構内でも、シラカバの春の芽吹きに混じって、エゾヤマザクラが満開中。

それを見るとも見ないともしながら、あるものは昼寝、ある集団は狂喜乱舞。

それら全て大型連休の風景なりとて、暖かい風を感じる。


春満開です。






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利尻山・東北稜

GWは仕事になりそう・・・ということで先行連休をフルに活用して、利尻山の東北稜へ行ってきた。去年は西の長浜尾根から、西壁を見ながらの登攀であったが、今年は東壁を見ながらの東北稜。圧倒的な迫力の東壁へ向かうラインは、今の僕たちの実力を最大限に出させてくれた。判断力的にも、体力的にも、技術的にも、ぎりぎりの登攀となったが、それだけに充実した山行となった。以下にその登山記録を紹介する。なお、写真は全て、パートナーの後藤君が撮影したものを許可をもらって掲載させていただいている。

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山行報告書

目的地:利尻山・東北稜

期日:4月28日〜4月30日
人員:小林真(huwv48代) 後藤健(huwv51代)

行動概略:
4月28日:稚内〜鴛泊〜アフトロマナイ沢―Co700付近C1
4月29日:C1−門―窓岩手前―Peak―北尾根Co 800付近C2
4月30日:C2―甘露泉―下山

装備:8.5mm×50m×2本、アイスバイルは各自1本ずつ+ピッケル、ストック、ハーケン×4、ヌンチャク×4、その他、冬山登攀装備一般

行動詳細:
27日:
学校で仕事をバタバタと済ませ、夜7時に元木カーで札幌を発つ。いよいよ念願の東北稜。自分たちの今の実力で登れるのかどうかわからないけど、挑んでみないと何もはじまらない。2人でしゃべりながら運転していたらあっという間に稚内へ到着。いつものように港の無料駐車場にて車中泊。軽くニッカおじさんを飲んで寝る。

28日:
鷲泊8:30−アフトロマナイ沢林道9:30−林道終点10:15−Co1003 13:00−Co700 付近C1

朝一のフェリーで鴛泊へ渡る。強風にゆれる船上から見える東壁は圧倒的な存在感。あの中心を詰めるラインが僕らののぼる尾根だ。フェリーターミナルのところにあった駐在所は、津波を警戒して街の方へ移っていた。登山届けだしてからアフトロマナイ沢までタクシーで向かう。アフトロマナイ沢右岸の林道にも雪はなく、3分の1ほど車で入っていけた。身支度して目の前の東北稜に向かって歩き出す。東北稜へは林道終点から沢を渡って取り付く。何もない広い尾根を歩いてCo1003ポコまで。ポコから少し下ろしたところでテントを張ってのんびりして夕飯も食べていたが、夕方6時頃になり風が急に強くなりだす。テントが引きちぎられそうな気がして安眠できなそうだったので標高を下ろす。登ってきた尾根を少し戻ってCo700くらいの太いカンバが出てきたころにテンパる。
rishiri1
時間もあったんだし、雪洞ほっとけばよかった。ラジオでは明日、サハリンの南の宗谷海峡を低気圧が通過するとか言っている。ってココやんけ、と突っ込みながら眠りにつく。利尻ではラジオで天気概況をやる番組を探していると、時々ロシア語の歌のながれる局にTuningしてしまう。久しぶりのロシアの匂いは、海を隔てた先に広がる大陸と、今年の研究を垣間見せた。

29日
C1 5:45−Co1003 6:30−門上12:30(1時間時間待ち)−Peak17:00−北尾根Co800C2 18:20

ゴーゴーと沢渡る風も、目を覚ますころには大分収まってきたようだ。ゆかりご飯に味噌汁を食してデッパする。快晴。トレースを使って昨日の所まで行く。ここでしっかり登攀仕度をしていよいよ出発する。はじめの2つのポコはさくっと捲く。一つ目は右巻き二つ目は左巻き。あまり急ではなかった。しばらくゆるいところを歩いた後リッジをいくつか超える。みんながトラバースしているCo1200付近の岩頭は尾根上もリッジになっておりいけそうだったが、時間短縮のためザイル出してトラバる。あまり急ではないし途中もブッシュでランニングが取れる。ピンはどっちもカンバ。トラバリを抜けると尾根の脇にこの尾根の特徴とも言うべき三本槍の一本目が出てくる。いくつかリッジを越えた後、雪がなければ賽の河原のように石が積み重なっているはずの岩頭がでてくる。今シーズンは山には雪が多く残っているようで、賽の河原状の尾根の上に雪が積もってリッジになっていた。高度感たっぷり。それ以外にも三本くらいリッジが続くが、賽の河原リッジが一番細く怖かった。
rishiri2
門の手前も一箇所細いリッジがあり風が強く耐風姿勢をとりながら通過。門は岩頭が二つ並んでいる間のルンゼを登る。ボルトはルンゼの入り口にあったが、そこまでのトラバースが急だったので尾根上のブッシュを束ねて始点とする。ルンゼ内は岩やドロ壁で、アックスをきめつつ登る。ルンゼを5mほど登ってから右側の草つき帯にトラバルところが怖かった。少しびびって時間を食ってしまった。ランニングはボルト以外に3箇所ブッシュで取れた。ビレイ点に抜けるところも北側にセッピが張り出していてあまり近づかないように意識して上部へ。
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上部は風が強く、且つ足場も狭いためスタンディングアックスビレイをしていても消耗する。後藤がいいペースで登ってきてくれてよかった。登っている最中に下のほうからガスが沸いてきて、さっきまでは快晴だったのがあっという間にまかれてしまった。ローソク岩手前のコルに風が収束してきてバランス崩しそうなのでフライを張って少し時間待ちする。今まさに、低気圧の通過中だろうか。ラジオで『のど自慢』なんぞ聞きながら一時間ほど待ってみたけど回復しないので慎重に進めることにする。ローソク岩の捲きは少し急だったのでザイルを出す。1ピッチで十分。ランニングはブッシュで取れる。このあたりからガスが飛び出し、気づけば雲の上にいた。しかし低気圧の通過後に寒気が入ってきたのか少し寒くなった。ローソク岩を捲き終わったあとそのままリッジつめて窓岩まで行こうとしたが、見てみたら細い尾根+両面セッピでどこを歩けばいいのかわからないので引き返し、ローソク岩捲いてすぐあたりからハイマツを掘り出して右側の沢に50m懸垂下降をする。回収テストではよかったのだが、実際の場で回収ができずあえなく切断。これ以後のところでロープを出す場所がなくってよかった。これは大反省だ。ここから窓岩の脇までは結構急な斜面。しかも寒気の性で、カチンカチンに凍っていて緊張した。窓岩の脇を抜けたらあとはゆるい雪面をひたすら登るのみ。
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Peakに抜けたら思わず雄叫びをあげてしまった。やった。振り返れば三本槍が特徴的なラインがみえる。充実感たっぷり。360度雲海。快晴。風強し。
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お互いの無事をたたえあい、写真とって眼下の雲に向かって下山を始める。ブロッケン現象やガスの奥に臨むピークを楽しみつつ北尾根のCo800まで。しかしここでテントのポールを無くしていることに気づく。ビナで確保していたのに。切れてしまったのだろうか。去年の利尻の時もポールを無くすし、全くもって装備相性が悪い山だ。仕方ないので木につるしてテントを張る。このころには礼文の奥に夕日が沈もうとしていた。整地がイマイチだった天場ではずり落ちながらの睡眠となったが、疲れていたので爆睡。夜は満点の星空と満月であった。

30日:
 朝まだ雪面が硬いうちにさくっと下る。運良く朝一のフェリーに間に合い、稚内へ。船上からは来るときよりもはっきりと自分たちの登ったラインが見えた。テントで繰り返しラジオからながれていた稚内に新しくできた『副港市場』はイマイチで、結局お決まりの駅前ラーメン+童夢で温泉はいって、利尻をわき目で眺めながらのオロロン・ドライブを楽しんできました。
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 反省点は多々あり。登れたけど自分たちの実力的にぎりぎりのルートであった。結果、細かいミスがあったのではないか。限界がどのくらいかを感じれたことは楽しいことだが自分の力不足の箇所をありありと認識した。もっとロープを出してもよかったと振り返って思うのはルート判断が未熟だということの裏返し。細かいロープワークも遅かった。そのあたりの判断や技術を赤岩のロングピッチなどで練習して磨き、よりスピーディーなクライミングをめざすべきだという課題がはっきりした。また、より登りこんで安定したクライミングも心がけなければならない。

しかし、充実した山であった。次はいつ、こういう山にいけるのだろうか。
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北海道北部を拠点に森林の研究をしている小林真があちこち歩き回って考えたこと・見たものを紹介するページです。 Keyword: 樹、土、ミミズ、北方林、ツンドラ、バオバブ、登山
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